― 祝福とは何か、継承とは何を手放すことなのか ―
■ はじめに:BENEDIZIONEは「最後の試験」ではない
『ARIA The BENEDIZIONE』は、一見すると
藍華が一人前になる話
姫屋の歴史を継ぐ話
に見えるだお。
でも本質は違うだお。
この作品が描いているのは、
「受け継ぐ覚悟」ではなく
「受け継がなくてもいいと許されること」
だお。
だからこれは
昇格試験の物語でも
努力の物語でもないだお。
呪いを祝福に変える物語だお。
■ レジェンドゴンドラ=伝統ではない
作中で象徴的に描かれる
姫屋に代々残るゴンドラ。
普通ならこれは
- 歴史
- 栄光
- 誇り
の象徴になるはずだお。
しかし藍華は、これを
「呪いのゴンドラ」
と呼ぶだお。
ここが重要だお。
このゴンドラが重いのは、
「すごいから」じゃないだお。
- 晃が使った
- クイーンが使った
- 先代たちが結果を残した
「お前も同じになれ」という無言の期待が詰まっているからだお。
■ 藍華の恐怖の正体
藍華は決して未熟じゃないだお。
技術もあるし、真面目だお。
それでも前に進めなかった理由は一つだお。
「自分が自分のままでいていいと思えなかった」
だお。
晃のように豪快じゃない
アリシアのように包容力がない
アテナのような天性もない
その「足りなさ」を
ずっと自分で責め続けていたんだお。
■ 晃が背負っていたもの
BENEDIZIONEのえぐいところは、
晃もまた同じ呪いを抱えていたと明かす点だお。
晃はよく言うだお。
「私は優秀なんかじゃない」
これは謙遜じゃないだお。
本気でそう思っていただお。
晃は
アリシア・アテナ・アリスという
“伝説世代”を間近で見てきた側だお。
だからこそ、
- 自分は足りない
- 自分は例外
- 自分は中途半端
という感覚を、
無意識のうちに藍華へ渡してしまっただお。
■ 呪いとは「悪意のない継承」
この作品がすごいのは、
誰も悪くない点だお。
- 晃は悪くない
- 藍華も悪くない
- 伝統も悪くない
それでも生まれるのが
「自己否定の継承」
だお。
BENEDIZIONEが描く呪いとは、
善意だけで作られる呪いだお。
■ ゴンドラを燃やす意味
物語のクライマックスで描かれる
ゴンドラの火送り。
これは
- 歴史の否定
- 伝統の破壊
ではないだお。
むしろ逆だお。
「役目を終えたものを、きちんと終わらせる」
という行為だお。
受け継ぐためには、
何かを壊さなきゃいけない。
でもそれは
暴力じゃなく、感謝と祝福で行われるだお。
■ BENEDIZIONE=祝福とは何か
タイトルの
**BENEDIZIONE(祝福)**とは、
- 次の世代が優秀であること
- 同じ道を歩くこと
への祝福じゃないだお。
「あなたは、あなたのままでいい」
という許可だお。
晃は藍華に
「姫屋を背負え」とは言わないだお。
ただ
「背負いたいなら、私は隣にいる」
とだけ示すだお。
■ シリーズ全体との接続
ARIAシリーズは一貫して
- 憧れ
- 成長
- 継承
を描いてきたけど、
BENEDIZIONEで初めて
「継承しなくてもいい」
という選択肢を肯定しただお。
- アリシア → 灯里 → 愛
- 晃 → 藍華 → あずさ
- アテナ → アリス → アーニャ
この流れは残るけど、
強制ではなくなるだお。
■ 結論:ARIAが最後に描いたもの
『ARIA The BENEDIZIONE』は、
- 癒しアニメでも
- 日常アニメでも
- 成長物語でもない
人が人に期待してしまうことの残酷さと、
それを許し合う優しさの物語だお。
正直言って
ストーリーはないだお。
でも
「背負わなくていいよ」
と、
ここまで丁寧に言ってくれる作品は
他にないだお。